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2007年3月3日(土)初節句

今日は娘の初節句です。生まれてから初めての節句を初節句というそうです。娘は当然、女の子なので、上巳(じょうし)の3月3日が初節句になります。この日、桃の花の咲く頃ということで桃の節句ともいいます。女の子の成長を祝います。

男の子だったら初節句が端午の節句、5月5日になります。この日子供の日です。花ちゃんは4月生まれなので、もし男の子だったら、翌月が初節句になり、準備する方も大変だったと思います。

初節句には、おじいちゃんおばあちゃんが、それぞれ雛人形、こいのぼりや鎧を買ってあげないといけません。雛人形に災いを移し、子供が健やかな成長を願います。

2007年2月20日(火)手のひらのとげ

昨日花ちゃんの手のひらに、とげがささってしまいました。左手の真ん中がぷくって腫れているのに、花ちゃんはおすましです。全然痛がっていません。

このままではやばいと思って、ママといっしょに花ちゃんの体を固めあげ、必死でとげを抜こうとしましたが、だめでした。

今日はお医者さんに電話したら、来てくださいといわれたので、花ちゃんを病院に連れていきました。やはり、とげが刺さったら抜かないといけないみたいです。

お医者さんも結構、苦労されて取られていました。私と看護士さんと2人かがりで、花ちゃんを押さえつけ、花ちゃんが泣き叫ぶなか、ようやく取れました。これで一安心です。

11月20日 3回目の三種混合です。

3回目の三種混合です。これでしばらくは予防接種がありません。ひと安心です。これで、昼間、会社を抜け出さなくてもよくなります。まあ、娘の方がかわいいので、仕事よりいいですけどね。ちょっとした気分転換になりました。

11月15日 花ちゃんのパスポート作成

花ちゃんのパスポート申請に行ってきました。

ところが花ちゃんはまだ養子の許可がおりていないので、親権者の直筆、サインが必要だということ。これはまた、別のところで説明したいと思いますが、とりあえず却下されて帰ってきました。

10月19日 2回目の三種混合です。

今日は2回目の三種混合です。花ちゃんも病院に慣れ、泣くこともなくなりました。しかし、注射をすると泣いてしまいました。本当に痛そうです。子ども医院は女性だらけ。男の私はいつも場違いの感じがします。しかも、毎回、毎回、同じようなアンケートを書いて、大変です。

9月28日 下の歯が生えてきた。

遅いのかもしれませんが、下の歯がはえてきました。いつもパパの手を舐めたり、指をしゃぶりつくのですが、今日は思いっきり噛みつかれてしまいました。本当に痛い。

今まではパパの手は花ちゃんに自由に開放していたのですが、これで指を舐めさせるわけにはいけません。この歯で乳首を噛まれたらママ達は本当に痛いでしょうね。

パパが痛がっていると、喜んで、にやにや笑います。

9月21日 ポリオ接種

今日は、初めてのポリオです。ポリオって注射じゃないんですね。飲み薬でした。結構、泣いていた子もいましたが、花ちゃんは泣きませんでした。よほどポリオが好きだったのでしょうか。今日はいつになく、子供の数も多くて、花ちゃんも緊張気味。これまで病院では、ずっと泣きっぱなしだったのか、今日は泣くこともなく、ひたすら、指しゃぶりをしようと試みます。

このポリオは飲んだあと、10分間は指しゃぶりをさせてはいけません。しかし、診察室をでるとき、パパの腕にたらふく、ポリオをなすりつけました。パパがポリオにかかったらどうするんだと思いつつ、にやにや笑う笑顔にやられてしまいます。


9月6日 寝返り

寝返りができるようになり、寝返りしながら部屋のどこにでも、ごろごろ自由に行けるようになった。おまけになんでも口のなかに入れるようになりました。これまでは、ふとんからはみだすことがなかったので、いつも見てなくていいので本当に楽でした。

1ヶ月目のときは動かずただ泣くだけでした。この時はミルクが冷めていても飲んでくれました。

2ヶ月目のときはぬるいミルクは拒否するようになりました。最後に少し残し飲むのやめます。何回も温め直しました。また沸かしすぎて熱すぎても飲んでくれません。2ヶ月までは3時間置きにミルクの要求のために泣きました。

ところが3ヶ月目になると、指をしゃぶることを覚えたので、ミルクが欲しいと激しく泣くことがなくなりました。ミルクが欲しくても指をしゃぶって我慢してくれました。ミルクとミルクの間も3時間から少しずつ余裕ができてきました。

4ヶ月目になると、ミルクの間隔がだんだん空いていきました。声も出すようになり、かわいい声になりました。花ちゃんは女の子なので、毎日、愛おしさはつのるばかりです。このときは布団からはみ出すこともありませんでした。

ところが5ヶ月目になると、声を出して話しかけてくれるようになりました。足のキックが強く、布団のうえを時計回りに回るようになりました。だんだん首も据わってきました。舌もだすようになりました。唇を震わせて、つばを吐くようになりました。そう言えば、よだれの量も増えたように感じます。

今は寝返りを覚えたので、もう布団のうえだけではじっとしてはいられないようです。探究心旺盛です。やはり育児って大変だと思います。でも、この世の奥さん達は、きちんとこなされているのですよね。本当に感動します。ご苦労様です。

9月5日 三種混合の注射

今日は3回目の注射です。三種混合というのは、ジフテリア、百日せき、破傷風の予防接種らしい。

今日も病院のなかでは泣きっぱなし。なんとかならないものか考えてしまう。受付のお姉さんや看護士さんは何人かいるみたいだが、待合室まできてあやしてくれない。他のお母さんが気を使っていろいろ声をかけてくださる。

よく見てみると男性っていないんだよね。どうしてうちは母親じゃないんだと思いつつ、まあ病気じゃ仕方あるまい。しかも若いお母さんばかりで、45才の私にしてみれば場違い、花ちゃんも慣れないけどパパも慣れない。

しかも、毎回アンケートみたいなものを書かされて、それを書いている間は花ちゃんは泣きっぱなし。

なんとか注射を打ったものの、最初から最後まで泣いているので、なんで泣いているのかわからない。確かに注射は痛いだろうけど。

8月27日 ぐるぐる回る

花ちゃんは今日もぐるぐる回っています。寝返りをしています。それも、まだうまくありません。時には寝返りを失敗して、片腕を体に挟んで、起き上がれないこともあります。そういうときはうめきながら、最後には泣き出します。

4ヶ月を過ぎていろいろなことをするようになりました。首が据わったことが大きなことですが、よく舌をだすようになりました。くちびるを震わせて、つばを吐き出すようになりました。よだれも多くなりました。よく笑ってくれます。よく泣きます。ときには声をだして話そうとします。これが嬉しいです。

感動の毎日です。これまでは頭を中心として、時計のように、顔をうえにして平面的にぐるぐる回っていましたが、寝返りを打つようになると、今度は横にぐるぐる回るようになりました。これまではふとんからはみ出すことは少なかったのですが、今はしょっちゅう、ふとんからはみ出します。まくらは完全に無視されています。

まくらはぺらぺらの防水のシートです。そのうえにタオルを敷いています。今は枕のタオルを、口に入れて笑っています。今日も元気に暴れまくっています。

8月13日 初めてのお泊り

盆休みをいただいたので、奥さんの方の実家に1泊、泊まることにした。花ちゃんにとって初めてのお泊り、以前来たときは最初から最後まで泣いていて、泣き疲れて眠ってしまって、おじいちゃん、おばあちゃんに一度も笑顔を見せていない。それでなくても、血がつながっていなので、ハンディがあるのだが。

おじいちゃん、おばあちゃんも久しぶりの赤ちゃんでどうあやしたらいいのか分からない。子供は母乳育ちだし、オシメは当然、布オシメだったし、それよりも年をとりすぎて、体が思うように動かない。しかも花ちゃんの体重はヘビーだし。

しかし、今回は最初は泣きが入ったものの、パパが花ちゃんを連れて、海へ山へと連れていったので、何とか泣きっぱなしではなかった。どうやら抱いて歩くと泣き止むらしい。花ちゃんが泣いたら、すぐに抱いて歩きまわらないといけないので、パパが本当に疲れちゃった。

おかげて2日目は始終、笑顔であいそを振りまいてくれた。これで印象もバチグー。これから遠慮なしに連れてこれるかなと思います。

8月4日 4か月検診とBCG

この日、4か月検診とBCGを受けました。注射は2回目ですが、痛そうでした。

体重7kg 身長63.5cm

太りすぎを気にしていましたが、標準だったので安心です!

このときようやく目をみてもらい、光を追うことがわかりました。ひと安心です。それでも病院ではずっと泣きっぱなし。場所が変わると嫌みたいです。注射をしても、しなくても泣いているので、注射が痛かったのかどうかわかりません。

栄養士に人にはミルクをあるメーカーにするように勧められました。今までは一番安い和○○のミルクを飲ましていたのですが、花ちゃんはずっと母乳でなくミルクです。今のミルクでは母乳成分のなんとかという成分がはいっていません。そんなに変わらないと思うのですが、結局、ミルクのメーカーを森○に変えてしまいました。

それから初めて体温計を計った。計り方ぐらい教えてくれ〜


7月14日 100日祝い

今日は花ちゃんが生まれて100日目の日です。

百日祝いには赤ちゃんに初めて食事をあげる日です。ちなみにりんごを買ってきて、すりつぶしてあげてみましたが、やはり食べませんでした。嫌な顔して吐き出しました。

7月12日 裁判所出頭

この日、花ちゃんを連れて、家庭裁判所に出頭しました。いよいよ調査の始まりです。調査といっても、花ちゃんはしゃべれない(?)ので、養父母と実父母と面接をするようです。

実父母がアメリカに住んでいるため、日本には簡単に来れないため、この点が養子の話が長引きそうです。

6月18日 花ちゃん祖父母に会う

今日ははじめて、奥さんの両親に花ちゃんを会わせました。自分の娘の子供ではないということで、気持ちは複雑のようです。花ちゃんも緊張しっ放しで、泣いてばかりでした。

でも、花ちゃんはかわいいのでやはり嬉しそうでした。これからも頻繁に連れていきたいなあと思います。

6月2日 花ちゃん住民票作成

アメリカの領事館から花ちゃんの親の戸籍に花ちゃんが戸籍登録されたので、市の住民票に登録することができました。これで花ちゃんも晴れて「市民権」を獲得しました。

しかし、姓は違うので、長女ではなく、「同居人」扱いです。長女になるためには家庭裁判所で、養子縁組申し立てを受理していただかなければいけません。

しかし、市の住民票があるので、育児手当や、予防注射が受けることができます。少し安心しました。\(^ ^)/

5月12日 市の健康相談

今日、赤ちゃんの市の健康相談に行ってきました。

日本に連れて帰ってきて、はじめて医者に花ちゃんを診てもらいました。健康に育っているとのことでした。目の方も診ていただきましたが心配ないとのことでした。

花ちゃんはまだ光を追いませんが1ヶ月の赤ちゃんではまだ光の後追いはしなくても心配ないようです。というのもアメリカのドクターに光を追わないことを言われたので心配していました。日本では目の検査は3ヶ月検診でします。

4月6日生まれなので、1ヶ月と6日で体重は5kg、身長は56cmでした。抱いても、けっこうずっしりきます。

5月9日 健康保険被保険者証発行

待ちに待った花ちゃんの健康保険証ができました。

5月1日に申請して、10日間ぐらいと言われていたので、予定どおりではありますが、住民票ができていないのに、保険証ができたのはうれしいです。これでひと安心、風邪を引いても医者に3割負担でかかれます。

住民票ができれば、「乳幼児医療費受給者証」というのがもらえて、自己負担が500円ですみます。

5月8日 高額療養費

4月の医療費が72300円を越えたので、社会保険事務所に、高額療養費の申請に行ってきました。

重い病気などで病院等に長期入院したり、治療が長引く場合には、医療費の自己負担額が高額となります。そのため家計の負担を軽減できるように、一定の金額(自己負担限度額)を超えた部分が払い戻される高額療養費制度があります。 ただし、特定療養費の差額部分や入院時食事療養費は支給対象にはなりません。

要するに、4月の医療費が、72300円を越えたので、越えた分を援助していただくように申請しに行ってきました。

しかし、私の場合は、癌の治療を受けている医院と、癌の手術を行った病院が違うため、それぞれで1ヶ月に21000円を越えないと合算できません。私も通院していますが、1ヶ月では21000円を越えません。ですから、結局、癌の手術代だけの申請となりました。

手術代が72300円ですんだので助かりましたが、交通費やレンタカー代などの経費、地元の医院での療養費(月21000円以下)は自己負担なので、家計的には苦しいです。これらの費用は年間の医療控除の対象(年間10万円以上)になりますが、還付されるのは払った税金のなかからですから少額です。ちなみに昨年は年間15万ぐらいで3千いくらだったので、それを考えれば、高額療養費制度は助かります。帰ってくるのは2、3ヶ月後です。その間の貸付制度(無利子)もあるそうです。

また、年間の医療控除は、自己負担額の72300円は対象になるそうです。

4月28日 アメリカ報告

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27日の夜、日本に着きました。

赤ちゃん? 当然、連れてきました。4月6日に誕生して、4月26日にはアメリカを脱出することができました。この辺の内容は、申し訳けありませんが、さかのぼって日記形式で報告していきたいと思います。

これからは赤ちゃんの戸籍や住民票、養子縁組の仕方など、赤ちゃんに関する内容や、育児報告を書いていきたいと思っています。

これまでの経緯を大雑把に書きますと、4月6日に赤ちゃんと奥さんの乳がんの手術が重なり、術後は奥さんの看病に明け暮れ、落ち着いた4月14日に渡米、14日にへその緒がついている生後1週間の赤ちゃんを手渡され、部屋を間借りして、赤ちゃんを2週間育て、27日に帰国しました。

ちょっと変わったパターンなので、もし、同じような人がでてきた場合、参考になるために日記形式にして記録するものです。

育児と仕事、奥さんの看病と多忙の毎日になると思いますので、毎日の更新ができませんし、日記なのに、後追いになってしまいますが、ご了承ください。

4月26日 アメリカ脱出

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花ちゃんの渡航書もでき、いよいよ長旅の始まりです。領事館の人からは、出国のときスムーズにいかない場合もあると脅されていましたが、出国はスムーズです。アメリカは入国は厳しいですが、出国は本当に楽です。ちゃんと仕事しろよという感じです。

以前も書いたかもしれませんが、黒人の方はてきぱきとやってくれません。入国管理官でさえ、友達がくれば、しばらくおしゃべりします。気分しだい(たぶん時間が来たからと思うが)で簡単に閉めてしまいます。私が入国したときは日系の方でしたが、後ろにたくさん人が待っているのに、いろいろと詮索してきました。最後には丁寧に、「お気をつけて行ってらっしゃい」とたどたどしい日本語で送ってくださいました。

店のサービスにしても、やはり日本人は優秀だと思います。アメリカ人と話していると、どちらが客か店員かわかりません。日本人が繊細すぎるのかもしれません。

とにかく、花ちゃんを連れて飛行機で13時間、3時間おきにミルクとおしめを替え、本当に大変でした。でも花ちゃんも緊張したせいか、泣いても、激しく泣くことはありませんでした。隣の席にカーシートをつけてくれたのですが、花ちゃんはカーシートを嫌がり、ほとんど私の膝を寝ていました。私は一睡もできませんでしたが、かわいい娘を抱いての旅なのでうれしくもありました。

ところで、この空港にはカートが少なく、出国手続きをしたなかには、カートはひとつもありませんでした。結局、私は花ちゃんをカーシートに乗せて持ち運ぶしかありませんでした。機内のカーシートの持ち込みはOKでした。客室乗務員の方が何か話していましたが、英語なので分かりません。こういうときは英語が分からないのもいいものですね。

日本に帰ってからは時計を日本時間に合わすのを忘れて、結局、成田エクスプレスの特急券をふいにしてしまいました。駅員さんからは立ち席なら乗れますと言われたのですが、切符販売の女性からは特急券を買いなおさないと成田エクスプレスには乗れないと言われて、しかたなく快速で帰ってきました。

4月25日 20日検診

この日、赤ちゃんの20日検診を受けました。日本でいう1ヶ月検診ではないかと思います。身長、体重、頭の廻りを量ります。アメリカは不思議な国で、世界標準をうたいながら、身長はインチです。体重はパンドです。しかし頭の廻りはセンチです。

ちなみにゴルフはヤード、ガソリンはガロン、温度は華氏、道路はマイル。そして、距離の単位であるインチとヤードとマイルは、1ヤード何インチとかの関連性もありません。本当に大雑把です。だいだいこんなもんだろうという感覚です。だけと何マイルと言われた方がピンとくるそうです。

早く、アメリカもセンチ、グラム、リットルになればいいのになあと1人思っています。

花ちゃんはこのとき、4300gの重さになっていました。やけに重いなあ。

4月24日 赤ちゃんの渡航書ゲット!

この日、花ちゃんの両親と私と花ちゃんと、ご主人の運転で領事館に行ってきました。やはり2時間半の長旅で、花ちゃんはぐったりです。だって産まれて、まだ18日ですもの。出生届の方は無事受理されましたが、花ちゃんの渡航書ができるまで、2時間以上時間がかかるそうです。それで、いったん家に帰り、ご主人と2人でもう一度、領事館に来ることにしました。

ちなみに、このときのマンハッタンの駐車料はいくらだと思います? 1回目の時が1時間23ドル、2回目日本領事館に入っている建物の駐車場に入れたので、1時間26ドルとられました。1ドル120円換算だとしたら、3120円ですよね。世界で駐車代が高いところはニューヨークと東京だそうです。

花ちゃんの渡航書をゲットしたあと、その足で空港に向かいました。花ちゃんの航空券を買うためです。ニューヨークから成田までですけど、283ドル(1ドル120円換算で33960円)。これは正規の10%のようですが、私が格安チケットで往復7万(燃料チャージ料を除く)で買ったので、ほとんど私の航空代と変わらない料金になってしまいました。もちろん、花ちゃんの席はありません。しかし、空席が多かったので、結局は花ちゃんの席もできちゃいましたけどね。

このときアメリカン航空を利用したのですが、夕方5時を過ぎていたせいか、日本語の分かる人はいません。「チケット」が通じません。「ティケットゥ」です。アメリカ人は英語しか話してくれません。やはり英語のできない方は日本航空か全日空がいいのではないでしょうか。アテーションプリーズ。

4月21日 出生証明書発行

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19日に領事館に「出生証明書原本」の用紙を取りにいったのですが、なかなかお医者さんとのスケジュールが合いませんでした。ところが今日「出生証明書」ができたようです。2週間でできたので、早い方だと思います。電車の旅は無駄骨になりましたが、いい思い出になりました。

これで出生届を提出することができます。そのあと渡航書発行になります。領事館の人には、書類に不備があると出生届を受理することができないので、別々の日に来てほしいと言われたのですが、時間がないので1日ですますことにしました。

ところでアメリカでは「ソシャールセキュリティナンバー」というのがあって、入学や保険など、すべてこの番号で管理されているそうです。

4月19日 初めての電車

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今日初めてアメリカで電車に乗りました。それも1人で・・・。

実は赤ちゃんの渡航書を発行してもらうために、出生届を出さないといけなくなったが、その出生届を提出するために、出生証明書が必要で、その発行がその役所によって、なかなか発行してくれないので、領事館にある「出生証明書原本」を取りに、1時間超の電車の旅を経験することになりました。

私は英語が話せません。20年前に学生の時に学んだきりです。私は理数系だったので、ほとんど英語の勉強をしてきませんでした。事例でいうとグランドセントラル駅で、レストルーム(トイレ)って聞いたけれど通じません。「トイレット」で通じました。

機内では「ミルク」が通じませんでした。やぶれかぶれで「トマトジュース」のことを「とぅめいとぅ」と言ったら通じました。はずかしからず英語っぽく言うと通じます。でも、ニューヨークの人はいい人ばかりではなく、こちらが英語が話せないことを知ると、とたんに聞く耳を持たなくなる人もいます。と思えば気軽に声をかけてくる人もいるし(やばっ)、まあ世界のるつぼたるゆえんですかね。

話題はそれましたが、駅には人はなく、自動販売機で切符を買ってもらいました。改札口もありません。電車のなかでも切符が買えます。電車はハドソン川沿いを走っていたので、風景は最高でした。

4月18日 領事館に電話する

さっそく領事館に、花ちゃんのための渡航書の件で問い合わせした。

以前Eメールでの回答をいただいている。

要するに、写真2枚と航空券だけでいい旨受けていた。但し、出生届を出している場合だ。今回早く戸籍を作ってほしいので、日本に帰ってから日本の市役所に持っていこうと考えていた。

「出生届をだしていない場合は、戸籍、または、親権者の旅券が必要となります。」と書いてあったので、親権者のパスポートでいいと思っていたが、電話では「戸籍と親権者の旅券」と言われて、当然、戸籍はできていないので、結局、出生届を出さないといけなくなってしまいました。

アメリカで出生届を出した場合、どういうわけか日本の戸籍ができるのが、2、3ヶ月後になるということ。しかし、渡航書ができないと花ちゃんと日本に連れて帰ることができない。やむなく、出生届を出すことにした。

しかし、出生届を出す為には、出生証明書が必要になる。これの発行が2週間から下手すると2ヶ月かかるらしい。なんて怠慢な国なのかアメリカは・・・。人によってそのスピードが違うそうだ。領事館の人からは、それでは間に合わないので、領事館にある「出生証明書原本」という用紙があって、それに医者のサインをもらってきたら、出生証明書の代用になるので、出生証明書原本の作成の方が確実だというのだ。

領事館があるのはマンハッタン、養子元の家はそこから車で2時間半、奥さんは子供がいるので動けない。そこで電車で、マンハッタンにある日本領事館まで電車でいくことにした。

航空券は座席が指定されてあるものとあったので、航空会社に電話したら、乳幼児用Bassinetがいる場合は、座席指定ができないという。これは前日チケットを買ったときも拒否された。結局座席指定がとれたのはフライト当日だった。

その旨、領事館に話すと航空チケットだけでいいことになった。


4月17日 初めての粉ミルク

これまで花ちゃんのミルクは缶ミルクでした。1缶に8オンス(1オンスが約30ml)花ちゃんは1回で4オンス(120ml)飲むので、半分に分けて、ラップでふたをして冷蔵庫に入れて、飲むときに湯せんしてました。

今日粉ミルクを買ってきたので、粉ミルクをあげてみました。缶ミルクのときはそのまま飲ませていたので、室温でしたが、粉ミルクは60度のお湯から作るので、少し熱い感じがします。それを少し水につけて、少し冷ましてからあげました。

ミルクを飲んでいるとき、泡がでないと空気を飲んでいる可能性があるので、げっぷをさせないといけません。このげっぷをだすのが大変で、よく泣きました。私は泣いているのがげっぷのせいだとよくわからず、もうミルクはいらないのだと思って、ミルクをあげるのをやめてました。

後から聞くと、赤ちゃんはげっぷがでた後、またミルクが欲しくて泣くそうです。やけによく泣く子だなと思っていましたが、とんだまちがいでした。

基本的には泣いたときは、ミルク→げっぷ→ミルク→オムツ→ミルクとあげていきます。オムツを替えて気持ちよくなったら、またミルクが欲しくなるからです。

それでだめなら一晩中抱き上げてあやしました。お陰で寝不足だけど、どうせ仕事も休んでいるので、1日中、花ちゃんとつきあってあげられます。こういう期間が持てたことは、ほんとうによかったと思うのです。

4月16日 初めての沐浴

今日初めてお風呂が入れることにした。今まではへその緒がついていたため、体を拭いてあげていたそうだ。今もへその緒がついているが、ベビーバスに入れることにした。

しかし、これが大変だった。うんこはするわ、おしっこはするわ、ずっと泣きぱなっしだった。

私の持ち方も悪かったし、体を洗うのもうまくないし、何よりも花ちゃんは寒かったようだ。教訓として、赤ちゃんを沐浴するときは、おなかにカーゼをかぶせるか、なにか着せるか、タオルを巻くかして、洗ってあげた方がいいみたい。

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4月15日 初めての育児

今日から、花ちゃんの育児を担当する新米パパです。相手先のご両親も日本人ですが、アメリカ生活が長いせいか、すでにアメリカンナイズ(アメリカの生活様式に染まっている)されている。

アメリカに来て、びっくりしたのは、すべてにおいてビック、そして適当、細かくない。日本人は本当に神経質、繊細、アメリカでは繊細ではやっていけない。大陸なので、どんと構えないといけない。

奥さんからミルクの作り方、煮沸の仕方、飲ませ方、紙おむつのしかたといろいろ教えていただいた。しかし、結局、日本で自分の奥さんにやり方を替えさせられてしまった。本来なら、私が赤ちゃんのお母さんから育児を習い、それをマイワイフに伝授するつもりだった。しかし、アメリカでの育児法は日本の奥さんにとって、大雑把すぎた。それはおいおい書くとして、初めてのことばかりで大変!

こうして私のアメリカにおける花ちゃんとの生活は始まったわけです。

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4月14日 赤ちゃんとご対面!

アメリカには14日の夕方に着きました。養子縁組先に着いたのは夜の8時になっていました。花ちゃんは起きて待ってくれていました。感激!小さい!かわいい! 向こうの奥さんから手渡され、そのまま育てろという。部屋は準備しているという。

私はミルクも作ったこともなければ、おしめも取り替えたこともない。殺生な・・・ということで、その夜は奥さんに見ていただき、翌日、育児指導を受けることになった。そのあとは全部見てくださいとのこと。

でも、そうでもしないと赤ちゃんが私になつかない。奥さんだって、養子に出す決意が鈍ってしまう。とにかく、今日は飛行機の長旅で疲れた。早く眠ってしまおう。


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4月13日 明日渡米します。

早いもので、明日から2度目の渡米です。

予定は14日から26日(日本着27日)です。

アメリカ滞在中に更新できればいいのですが、なんせアメリカの田舎町なのでアナログです。

今回は初めての育児です。むかし寮になっていたらしく、トイレ、バス付きの部屋を用意してくれました。そこで、赤ちゃんが飛行機に乗れる年になるまで育児します。

飛行機会社の方は1週間で搭乗OKなのですが、本当に心配で、今回は4月6日(アメリカ時間)産まれなので、生後20日で飛行機に乗せることになりそうです。

もう少しアメリカ滞在したかったのですが、やはりサラリーマンですから。それでも、3月の1週間、今回の2週間も休みをくれました。くびにならなかっただけでも儲けもんです。

それでは第2回目の渡米日記、遅れての更新になるかもしれませんが、よろしくお願いします。

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4月7日 出産!!!

ようやく出産しました。
3600gの女の子です。

日本時間では7日の朝、産まれました。アメリカでは時差があるので、6日の夜8時です。この子の誕生日は4月6日です。

名前は花ちゃん(愛称)です。私は男の子なら「太郎」、女の子なら「花子」と決めていましたが、奥さんから反対されて、「花子」にはなりませんでした。

本当に無事に産まれてほっとしています。

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4月6日 奥さんの乳がん手術

今日は奥さんの乳がんの手術です。

乳がんの場合、2回手術があり、まず1回目の手術で適当な大きさで取り、摘出物を検査して、癌がどのへんまで、広がっているのかを調べ、2回目の手術で、がん細胞を全部とります。

もちろん乳房を全部とることもできますが、それはちょっとという感じですよね。奥さんの場合は初期ということもあって、少し多い目にとって、検査して、がんが全部とれていたら、1回目の手術で終わりということです。

今はかなり患者さんの要望を聞いてくれて、全身麻酔を局所麻酔にしてもらいました。しかも、日帰り手術。最初は入院予定でしたが、手術後、傷口を見せに通院することで、当日は帰していただきました。

手術は昼の2時から4時すぎまでかかりました。手術が終わった後、お医者さんに呼ばれて、摘出物を見せていただきました。形としてはバストアップの時に使うシリコンの形をしていました。っていうか、乳房の形にシリコンで作るので当たり前かもしれません。

握りこぶしぐらいの広さで、高さが3cmぐらいの大きさのものを摘出していました。なかに米粒のような脂肪のかたまりがたくさん入っていました。癌の広がりをみるために青いインクのようなものに、部分的に染まっていました。さすがに撮らせてほしいと言えませんでした。残念!

とにかく、手術は無事に終わり、検査の結果を待つことになります。検査には2週間かかるそうです。その結果、2回目の手術を行うか、これで終わりか決まります。

4月4日 また逆子に!

今日、助産婦さんのところに行ってこられました。

アメリカでは医療費が高いので、出産は助産婦が行います。帝王切開や助産婦でむずかしい場合は医者がとりあげます。

助産婦に見てもらい、むずかしければ、陣痛促進剤を使い、出産する予定でした。

ところが、助産婦さんが、超音波検査をしている間にひっくりかえってしまいました。

こうなってしまうと、助産婦さんの手におえません。4月6日にお医者様に診てもらうよう予約を入れました。たぶん、帝王切開になるかもしれません。

出産予定日は24日ですので、すでに12日が過ぎています。

赤ちゃんの大きさはすでに3600gあるそうです。

3月27日 まだ産まれない

24日の予定日を過ぎて、まだ産まれません。

陣痛は来ているようですが大変みたいです。出産が長引くと鎮痛促進剤を使うようです。

今は無事に産まれることを祈るばかりです。

奥さんの乳ガンの手術は、4月6日に決まりました。

それで、2回目の渡米は一週間後の4月14日から26日(27日日本着)に決めました。

業務の忙しい月末と月初めを避けることで、今回はなんとかクビにならずにすみました。心配してくださった皆様(?)ありがとうございました。

次回は赤ちゃんの報告ができると思いますが、アメリカでの滞在地は田舎で、結構、電話線が切れてしまうことがあります。森の中なので、行く前には雷で木が倒れて、電話が繋がらなかったし、今回の滞在中も、車の事故で電話線が切れました。皆さんは携帯電話を持っています。

たぶん、帰国後の報告となりますので、皆さん気長に見守ってやってください。

3月22日 帰国

22日の飛行機で帰国、日本には23日着。なんか損した気分。

今回は出産の立会いに行ったのだが、結局産まれずに終わった。

それでも、向こうの家族と仲良くなれたし、アメリカに初めていって、アメリカの大きさを知って、有意義な旅行になったと思います。


●アメリカ情報

最近はマンハッタンより、その周りが危ないらしい、ブロンクスとか、ニュージャージとか、子供もガンを持つ。また偽警官も多い。何を信じたらいいか分からない。とにかく「フリーズ」と言われたら動かないことだ。下手に胸ポケットを触ると発砲してくる。日本では信じられない。

ゲイも多い。ゲイを法的に認めている州もある。その州に行って結婚することもできる。州がひとつの国になっている。ブッシュはゲイの結婚を阻止するために、憲法を改正しょうと思っている。しかし簡単ではない。憲法ができたときは、結婚は男と女がするもので、憲法に、男と女と性別が明記されていない。


9.11。アメリカでは特別の日だ、皮肉にも、911はアメリカの110番、119番のテレホンナンバーだ。イスラム教徒は「11」が好きらしい。11日は緊張が走る。ニューヨーク州には原子力発電所があり、これもターゲットになっているらしい。原子力を破壊されると、その被害状況は予想もできない。アメリカは安全な国ではなくなった。

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3月21日 ギニーピックの出産

子供たちはギニーピック(モルモット)を飼っている。私は見るのは初めてだった。

私は一瞬、うさぎと思っていたが、うさぎにしては小さい。ハムスターにしては大きい。

「Guinea Pigs」という本があったので、豚の一種と信じていた。

辞書で調べたら、「guinea pig テンジクネズミ; ((俗にいう)) モルモット; 実験材料になる人 」とある。

「モルモット」と言えば、白いネズミのいイメージしかなかったので肩すかしをくらった。

色は茶色、黄土色のまばらだし、すばしっこいが、膝の上に乗せるとおとなしくなる。


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21日の夜、帰国日の前日の夜、ゲリーピックが3匹出産した。娘の出産に立会うことができなかったが、ゲリーピックの出産に立ち会うことができた。これもなにか意味があるかもしれない。とにかく、今回のアメリカ滞在期間では、出産されなかったわけだ。今度は奥さんの手術の立会い。そして、また渡米する。


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3月20日 WBC

くしくも、この期間WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)が開催された。開催国のアメリカはあまり関心がない。私が見た限りにおいては、テレビ中継もない。それよりも、大学のバスケットの試合に夢中になっていた。

ワールドカップ(サッカー)にも関心がないし、お家芸、野球のWBCに対しても無関心。アメリカの審判の判定もひどいが、マイナーの審判らしい。日本が優勝してよかった。アメリカの審判のせいで、日本が負けたら、アメリカは大きな汚点を残すところだった。アメリカ以外の国は国の威信をかけて戦った。そういう意味で本当にいい大会だと思う。

アメリカは愛国心があるのかないのか。それとも最初からなめてかかっていたのか。確かに公式戦前なので、体でできあがっていないが、そんなことをすると、アメフト、バスケットに観客をとられるのにね。

しかし、9.11後のアメリカの団結はすごかった。すべての家庭で星条旗が掲げられた。あるところでは、ばかでかい星条旗を掲げていた。VIVA!アメリカ!!

松井秀喜の人気はすごい。ニューヨークの子供たちのあこがれの的である。松井稼頭央の方はチャンスに打てない、いいときにミスをする駄目選手のレッテルを貼られてしまった。アメリカ人はきちんと評価する。しかし、打てない、守れない選手対しての評価もきびしい。イチロー、松井秀喜は本当に評価されている。

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3月19日 初めてのお買い物

とにかく、店は大きい。日本でも駐車場が大きい、大きいモール型のショッピングセンターが流行っているが、これはアメリカから来たのだろう。なんせスケールが違う。人も大きいし、カートも大きい。日本の4倍はある。アメリカでは、そのカートに子供を乗せる。

マックドナルドがあった。やはり流行っている。話によるとダイキンドーナツの方が人気がある。甘たるいパンもあるが、パンを選んで、その場でサンドイッチを作ってくれる。当然、コーヒーの量も多い。日本S、Mサイズがない。アメリカのSサイズが日本のLサイズのようだ。

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3月17日 パトリックデイ

今日はアメリカは、セント、パトリックデイです。

子供達は緑の服を着て、学校に行きました。

マンハッタンでは、みんな緑色の服を着て、パレードをしています。

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3月16日 初めてのアメリカでの運転

今日、アメリカで初めて、車の運転をしました。

右側通行です。左ハンドルです。また、家が森の中なので、道路はアップダウンあり、くねくね道です。日本の道路の感覚とは違います。日本で左側通行に慣れていると、やはり戸惑ってしまいます。考えながら運転すればいいが、とっさに左側通行のくせがでてしまう。くわばら、くわばら。


また、アメリカの人たちは、スピードを落としません。とばすとばす。車体が大きいだけに、いざとなればぶつかればいいと思っている。さすがに軽自動車は走っていない。軽では怖い。命がけである。


道路にリスが死んでいた。今日だけでも2匹見つけた。リスが道路で死んでいても珍しくないようだ。この辺は鹿がでるらしい。道からでてきて、車を見つけると固まって動かないそうだ。もう当たるしかない。ここの道路には鹿注意の標識がいたるところでたっている。

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3月15日 スクールバス

アメリカの住所は、日本と違って、ストリートが基準になる。このストリート沿いの何番目。ストリートを見つけることができれば住所はわかる。


家の前に道路があって、車があれば便利だが、この道路は歩行者のことを考えていない。アメリカでは歩行者優先ではない。車優先なのだ。


しかし、スクールバスが止めれば、対向車の車は止まらないといけない。止まらないと、すぐに訴えられるらしい。スクールバスの運ちゃんも、きちんと子供の家の前で止まらないと、親から訴えられる。運ちゃんはたいていは黒人なので、すぐ解雇される。やはり、黒人差別があるのだろうか。しかし、話を聞くと、黒人は働かない人が多いそうだ。

アメリカの子供たちは積極的だ。宿泊先の子供も小学1年なのに、自分の意見をはっきり持っている。アメリカは日本でいう小学校の前に、すでに小学校に行く。(プレ小学校)小学校5年生で、次のミドルスクールにいく。そこは学科によって、クラスが分かれる。アメリカでも地域によって、カリキュラムが異なるようだ。できる子には学年上の内容まで勉強させるらしい。

しかし、アメリカは先生に向かって、名前で呼ぶ子もいる。英語次第、敬語がない。教師に対して、親に対しての尊敬が欠けているようにも思う。日本も教師の友達化が進んで何も言えないけどね。

養子をいただく家庭は、5年生のお姉ちゃん。4年生のお兄ちゃん。1年生の男女の双子の4人兄弟。全部お姉ちゃんが主導権を持っている。ねずみを飼っているが、子供たちの方が詳しい。

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3月14日 アメリカ出発

いよいよ、アメリカに出発します。

14日の夕方5:30のフライトですが、ニューヨークに着くのは14日の夕方の4:05です。

時間は1時間もさかのぼります。

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3月7日 赤ちゃんが元通りに

この時期の赤ちゃんが、逆子から元に戻るのはむずかしいのですが、また元に戻ってくれました。

これで帝王切開をしなくてすみます。でも奥さんの話しでは、予定日(3月24日)より、早くなるようです。根拠はありませんが、でも奥さんの体を心配していたので、まずは一安心です。

3月3日 CTスキャンと骨シンチ

今日はCT(コンピュータ断層検査)と骨シンチ(骨の核医学検査)です。

奥さんは疲れ気味です。

●CTスキャン (computed tomography)

コンピュータ断層撮影と呼ばれる画像診断です。X線を体にあてて、体の輪切りの像を映し出す検査です。

造影剤(静脈注射による)を用いるものと用いないものがありますが、通常は同時に2通りの方法で撮影します。

検査の間は寝台の上に横になり技師の指示に従います。乳房内の腫瘍の有無やリンパ節への転移状況の観察、肺や肝臓などへの遠隔転移の診断に使用されます。

●骨シンチ (こつしんち)

骨シンチとは放射性医薬品を使う骨の核医学検査です。がんが骨に転移していないかを調べます。

この検査に用いられる薬は放射線をだすラジオアイソトープ(RI)が含まれていて骨の代謝や反応が盛んな所に集まります。そのため、骨の腫瘍や骨の炎症、骨折の診断ができます。乳がんでは、骨転移が疑われる時や、骨転移の治療の経過を見るときに行います。

検査方法は、まず注射をし、約3時間ほどして骨に充分くすりが集まった頃に画像をとります。仰向けに寝て、20〜40分で終わります。きれいな画像をとるために、検査前にトイレに行き膀胱を空っぽにして、検査中は動かないようにします。


3月1日 今後のスケジュール

奥さんの手術は3月の末が4月の始め予定。赤ちゃんの出産は3月の中旬の予定。

3月14日から22日(日本着23日)まで、アメリカに行き、赤ちゃんの出産に立会い、また、日本に帰ってきて、奥さんの手術に立会い、また、アメリカに赤ちゃんを引き取りにいきます。

2月27日 MRI検査

今日はMRI(エムアールアイ)検査をしてきました。

MRI (magnetic resonance imaging)

磁気共鳴検査と呼ばれる画像診断の一種で、細胞の中の水素原子が磁気に反応する原理を利用したものです。

CTスキャンのような輪切りの像に加えて、縦切り、斜め切りなど必要に応じて像を写すことができます。放射線の被曝はありません。

検査方法は、ガドリニウムという磁性体を注射してうつぶせになり撮影します。乳房内の腫瘍の有無や広がり具合、リンパ節の転移状況を観察し、乳房温存術が適応するかどうかの判断にも使われます。また、転移を調べる際にも利用されます。

2月24日 無題

本当に日記になってませんよね。すみません。

本当は早くもアメリカに行き、妊婦さんのお世話をするつもりでしたが、奥さんの乳ガンの手術に立ち会うことになりましたので、まだ日本にいます。

アメリカの妊婦さんも、赤ちゃんが逆子の状態で、このままいくと帝王切開になります。ということは予定日の3月24日より早まる可能性がでてきました。

私のスケジュール的には、奥さんの手術を立ち会ってから、そのあとアメリカに行って、出産を立会い、アメリカで育児しながら、赤ちゃんが飛行機に乗れるぐらいに成長してから、日本に連れてきたいと思っています。

2月15日 奥さん、ガンセンターに行く

ガンの告知を受けた医院では、ガンの手術ができないので大きな病院ですることになりました。

2月15日は、いろんな検査を受けてきました。

1.血液検査
貧血の有無、白血球数、血小板数、肝機能、腎機能などを調べます。
また腫瘍マーカーを測定します。

2.尿検査
腎臓の働きを調べます。

3.胸部レントゲン写真
肺転移や胸水の有無など調べます。

4.呼吸機能検査
全身麻酔の為に肺の働きを調べます。

5.心電図検査
全身麻酔の為に心臓の働きを調べます。


次回は、
2月27日にMRI(エムアールアイ)検査、
3月 3日にCT(コンピュータ断層検査)を行う予定です。

2月14日 国際免許証取得

国際免許証を取得しました。

といっても、近くの運転免許センターに行って、申請するだけです。

写真を1枚もっていたのですが、写真の大きさに比べて体が小さいと言われ、結局、撮りなおすはめになりました。

近くの証明写真屋さんは1200円だったので、スーパーに設置してある証明写真で「大型写真」で撮りました(600円)。パスポートサイズより大きいです。今の証明写真は便利で、目線や顔の位置を確認できます。しかも1回までなら撮りなおしができます。私はよく目をつぶるので助かります。


◆必要書類等

  1.国内の運転免許証
   
  2.渡航を証明するもの(次のいずれかひとつを用意してください。)
     パスポート
     渡航内容を証明する出張証明書・旅行計画書等

  3.申請用写真1枚(縦5cm×横4p、無帽、無背景、正面3分身、6か月以内に撮影したもの)
    注意:パスポート用より大きいです。

  4.印鑑(浸透印(シヤチハタ印等)は不可です。)

  5.手数料(2,650円)
 
 

2月10日 逆子の赤ちゃん!

ようやく、今日の日付になりました。(^。^ゞ

いろいろ、すったもんだはありましたが、また思い出しながら、過去に割り込まさせていただきます。

私も、渡米の日付を、3月15日〜4月9日(日本着10日)を考えながら、準備しています。

出産予定日は3月24日です。

過去の二の舞にならないように、まだチケットは買ってません。

それにしても、何もない日は題名をつけにくいですね。これだから、私は、日記をつけることができないのでしょうね。


今、これを書いているときに、奥さんから電話があって、ニューヨークの赤ちゃんのお母さんから「赤ちゃんが逆さになっていて、もしかしたら、帝王切開するかもしれない」という知らせを受けました。

これで、出発が早まるかもしれません!

1月17日 初めての告知

この日、お医者さんから病気の告知を受けることで、奥さんのアメリカ行きはなくなります。
(-。-、)






奥さんの病気の話しは、実は私は「サプリメントで体質改善」というメルマガとホームページの方を運営していまして、そちらの方で、食養生の話しを中心に書いていこうと思っています。

結局、癌になるのは、これまでの食生活、生活習慣によるものが大きく、たとえ、手術で切り取ったとしても、体質を変えない限り、再発の恐れがあります。

食養生は、玄米、野菜が中心なので、一般の人には受け入れにくいところがありますが、食事を少し改善するだけで、よくなると思っています。

野菜にしろ、日本は、土壌が悪く、しかも大気汚染などの公害によって、ビタミンやミネラルが、本来摂取すべき栄養量に足りていません。それをサプリメントで補いましょうということで、「サプリメントで体質改善」というメルマガを書いています。

興味のある方はどうぞ!


ホームページ:「サプリメントで体質改善」







結局、暗い話しが自分のメルマガの宣伝になってしまいましたが、

奥さんの替わりに、私がアメリカに赤ちゃんを迎えにいかないといけなくなっちゃったということです。それが、この「40代パパの育児日記」を立ち上げた動機になります。


本当はメルマガとホームページで、運営したかったのですが、

私は、
「サプリメントで体質改善」

「韓国のここが好き!」

「インテリア風水で金運アップ」

という3つのメルマガを、週一で書いているので、本業の仕事もありますので、「40代パパの育児日記」はホームページ運営にさせていただいてます。


1月11日 格安航空券

日記といいながら、日記になってなくてすみません。(^。^ゞ

日記とは毎日書くものですよね〜
しばらくは週一か週二で勘弁してください。m(。_。)m

しかも、あと追いだし、しかも、このホームページができたのが1月30日だし、

早く現在に戻りたい〜 (^。^;)


1月11日には奥さんが渡米するためのチケットを買っていたんですな。気が早っつ!

結局、奥さんが入院するため、キャンセルしちゃうんだけど・・・  (>。<)ヽ

このとき、2月22日成田発、ニューヨーク行き 、帰り5月21日ニューヨーク発、成田着5月22日のチケットを購入。アメリカに3ケ月滞在予定でした。

またこのチケットは、帰り赤ちゃんを連れて帰るために、帰りだけ日程変更できるもので、変更料1万5千円を払えば変更できるものでした。

でも、よく考えたら、アメリカにはピザなしで3ケ月以上滞在できないから、変更も何も強制送還されるから、意味ないじゃん。


この時、学んだのは、格安チケットは、行き帰り変更できないものが多いこと。帰りが変更できるものもありますが、値段が高くなってしまうし、変更料を取られるところが多いです。

結局、この時支払ったのは、航空運賃 66,000円、入出国管理税 6,330円、空港使用料 2,040円、燃油サーチャージ 14,500円で、合わせて 88,870円

安いとは思うんですけど・・・

結局キャンセルしちゃうんで、キャンセル料:40,250円(航空券代金、燃油サーチャージ)、旅行会社手数料 : 5,000円、合わせて45,250円 とられてしまいました。

ちなみに私が買ったのはPEX航空券です。

格安航空券についてまとめておきます。

■格安航空券には、フィックス(FIX)航空券とオープン(OPEN)航空券があります。


●フィックス(FIX)航空券

購入時に往路と復路の日時と便が決められていて、変更することができない航空券のことです。もし滞在先で復路を変更する場合は購入済みの復路の航空券は捨てなければいけません。その代わりにオープン航空券よりも格安です。

往路と復路の便の間隔も決められています。10日FIXならば復路と往路の間を10日にしなければなりません。期間が短いほど価格は安くなります。フィックス(FIX)航空券が最安値で格安航空券の大半を占めます。


●オープン(OPEN)航空券

決められた有効期限以内ならば復路の便を変更することができる航空券です。90日OPENと書かれた航空券ならば90日間の変更可能期間があります。現地で変更することができます。フィックス(FIX)航空券よりもその分、高くなります。有効期限が短い程、安く、長いほど高くなります。


●FIX/OPEN航空券

フィックス(FIX)航空券とオープン(OPEN)航空券を合わせたもの。これは往路の便を滞在先で1回のみ変更できる航空券です。オープン航空券とさほど変わりません。

■PEX航空券

フィックス(FIX)航空券やオープン(OPEN)航空券などの格安航空券は航空会社ではなく、旅行会社からしか購入できません。航空会社がこれに対抗して作ったのが、PEX航空券です。航空会社独自の割引制度です。もちろん、航空会社から購入できますし、旅行会社からも購入できます。JALのJAL悟空などが代表例です。


PEX航空券には、ZONEPEXとAPEXがあります。ZONEPEXはノーマルよりも安い。APEXは予約をかなり前から取らなければならないが、FIXより安い場合もあります。

1月4日 赤ちゃんのパスポート

問題になるのは赤ちゃんのパスポートです。

アメリカは生地主義で、アメリカで産まれると自動的に、アメリカの国籍もいただけるので、22才までは二重国籍です。22才になるまでに、本人がどちらをとるか決めれるようです。ただし、産まれてから3ケ月以内に日本政府に、日本国籍留保の手続きをしないといけません。

アメリカ人としてパスポートをとると、3ケ月後には、アメリカに戻ってこないといけません。(^。^?)

日本のパスポートですと、日本の戸籍謄本をとるまでに時間がかかります。

そこで、「帰国のための渡航書」を発行していただくことにしました。

ニューヨーク領事館のホームページにメールしたら、丁寧に教えていただきました。

●ニューヨーク領事館からの回答

新生児の渡航書を発行するにあたり、必要な書類は以下のとおりです。

発給申請書 1通(当館備え付け)
写真 2葉(サイズは縦4.5cm×横3.5cm、白黒、カラーいずれも可能)
航空券(搭乗日、座席が確認されているものに限ります)

以上に加え、日本国籍を有していることを証明する必要がありますが、
当館に出生届を提出している場合には、これを免除できます。
当館に出生届を提出している場合には、申請時にその旨、お伝えください。

当館に出生届を提出していない場合は、戸籍、または、親権者の旅券が
必要となります。

12月28日 養子縁組の方法

正式に決まりましたら、きちんと書き直そうと思いますが、今はベタで書いていきます。

まずは、区役所に行きました。事情を話したら、家庭裁判所から許可をもらわないといけないということ。区役所では、家庭裁判所の場所と電話番号を教えていただきました。

そのあと、県の家庭裁判所に行きました。裁判所といえば、堅い感じがしますが、事情を話すと、若い人たちが(20代ぐらい)3人ぐらいで、法律書のようなものを調べてくれて、結局は海外からの養子縁組の管轄は東京家庭裁判所ということで、電話番号を教えていただきました。


東京家庭裁判所に電話をすると、赤ちゃんの戸籍謄本と、私の戸籍謄本を用意して、申し立て書を提出してくださいとのこと。

これから、赤ちゃんをもらいにいく話しをすると、赤ちゃんは日本に連れてきていい、養子縁組は、それからという話しで、家庭裁判所としては、すぐに申し立てを受け入れるのではなく、半年ぐらい様子を見て、監察官が家庭訪問して、赤ちゃんの姿を見て、この人は養育できる能力があると判断してから許可がおりるようです。

そりゃそうだなと思いつつ、赤ちゃんを、そんなに勝手に日本に連れてきていいものかと思いつつ、私が悪い人だったら、どうするんだと思ってしまう私でした。

そのあとの内容はこれからです。

ちなみに、家裁の監察官が、私の家まで訪問しないといけないので、近くの家庭裁判所に、申し立てを提出してくれと言われました。


12月25日 プロ―ローグ

それは、2005年12月25日日曜日のことです。朝7時に電話のベルが鳴りました。こんな朝っぱらからと思いつつ、電話をとると奥さんの友達からでした。電話を奥さんに替わり、もう一度ふとんにもぐりこんで、寝ようと思っていたときに、再び、奥さんにゆり起こされました。

私は朝が苦手です。不機嫌に話しを聞けば、アメリカの友達から、「赤ちゃんはどうですか?」と聞かれたようです。詳しく話しを聞けば、「赤ちゃんがいないので欲しい」ということを以前に話したことがあり、それを気にかけてくれていて、5人目の子供なので、養子にどうですかということ。

赤ちゃんはまだ、お腹の中にいて、出産予定日が3月24日で、その気があるなら、すぐに返事がほしいということ。また、出産の手伝いに、年が明けたなら、すぐにでも来てほしいそうだ。

それから、奥さんと話し合い、すったもんだしたあげく、結論としては、養子に迎えようということにしました。

いろいろ調べてから、返答をしようとも、考えましたが、私達も結婚してから数十年たちますが、子宝に恵まれず、知らない人から頂くよりも、奥さんの友達ということもあって、頂くことにしました。


はじめに 海外での養子縁組

結婚して20数年子宝に恵まれない夫婦にアメリカ滞在の友達から急な電話があり、養子縁組の話しが降って湧いてきました。

喜び勇んで、奥さんが出産の手伝いに渡米する予定だったのが、急に倒れ、暫くは絶対安静しないといけない。

そんななか、私が会社を1ケ月休み、渡米してアメリカの出産に立会い、わずか産まれてから、2週間の赤ちゃんを日本まで連れてくるという話しを報告していきたいと思います。

もちろん、過去でなく同時並行です。

赤ちゃんの出産予定日が2006年3月24日、これから、会社にお願いして休みを頂くところです。

その前に、養子縁組の手続き、赤ちゃんのパスポートのこと、同じようなことを体験されるであろう方のために、それらのことも記録していきたいと思っています。

1ケ月も休暇をとるため、会社の仕事も整理しないといけませんし、下手したらくびものですので、どこまで、更新できるかわかりませんが、頑張って更新したいと思いますのでよろしくお願いします。


プロフィール

◆著者:hashi
1961年3月5日生まれ 魚座
某○○薬品に勤務、SE兼任健康アドバイザー
東洋医学を学び、今は風水鑑定に凝っている。


◆モデル:hana

2006年4月6日生まれ
hashiが育児初心者のため被害をこうむっている。
アメリカ生まれ、二重国籍を持つ。


◆これまでのストーリー

昨年12月に養子縁組の話し入り、本来なら奥さんが渡米するところを、乳癌で倒れてしまい、hashiが会社を休んで、初めて渡米し、産後1週間のhanaちゃんをアメリカで育て、生後20日でアメリカから日本へ連れて帰ってきた。

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